EPISODE 05 in 2000年9月

最後まで父が残した大切な土地は、
12人の子どもと孫の未来に生きる。

”不動産”というのは、その名が示す通り、動かすことのできない資産です。
時代の流れとともに、土地の価値は変動しますが、”本当に活かすべき時”というものがあります。
それを見極めて、お客様にとってもっとも有益な取引をご提案するのも、不動産屋の役割のひとつ。
そして、そのタイミングは、依頼を受けてから数ヶ月後、いや数年後、ときには数十年後になる場合もあるのです。だからこそ丸三は、1度のお取引でお付き合いを終わらせるのではなく、常に長い時間軸の中で、お客様と接しています。

2000 年9月のこと。丸三の創業者である会長は、ある会議のまとめ役として出席していました。
目の前には12人の参加者と弁護士、税理士まで揃っています。
会場を見回してから、会長がひと言。

「みなさまのお父さまには、生前、大変お世話になりました。本日は遺産分割についてのお話をさせていただきます」

こういった話し合いの場に、弁護士や税理士ではなく、不動産屋が介入すること自体がレアケースです。
まとめ役という大役を担うことになったのは、さらに過去にまでさかのぼります。

この時の依頼人は、 11人のお子さんを持つ、地元の方。
昭和後期の経済成長の中、三ツ境エリアも大きな変化を迎えている時期でした。
そんな中、会長がある相談を受けたことをきっかけに、長いお付き合いがスタートします。

「和田さん、私の持っている敷地を活用できませんか?子どもたちには結婚するときに、自分たちの家を建てられるよう、土地を分け与えました。残った場所も、野ざらしにしておくのはもったいないと思っているんです」

所有している土地の多くは、田んぼや畑だったといいます。
一時期は、余っている土地に地域の子どもたちが集まる娯楽施設を運営していました。
それも歳を重ねるにつれて、ご夫婦での運営が難しくなったそうです。

「わかりました。では建物は建てずに駐車場として残しておくのはいかがでしょうか。いろいろとお手伝いさせていただきます」

「 でも他社から『マンションにしましょう』とか『分譲地として活用しましょう』と言われるのですが……」

土地の価値が上がり続けていた時代だったため、他社からこういった提案を受けていると予想はついていました。
それでも一貫して駐車場としての活用を勧め、説得をつづけます。

「家賃収入にはメリットもあれば、当然デメリットもあるものです。マンションを建てるには、大きな借金を背負うことになりますし、駐車場としての運営をつづけるのが良いと思います。更地にしやすく、使い勝手の良い土地が必要になるときがきますから」

依頼人の方は、 そう提案する丸三のことを気にかけていました。

「和田さん、駐車場として運用するより、集合住宅にした方が丸三としてもいいのではないですか?」

それは不動産管理の観点からみれば、正しい判断でした。たしかに駐車場よりも集合住宅の方が、会社としての利益は上げやすい。
しかし、この方のことを考えると、その年齢から大きな負債を抱えさせることを、会長は良しとしませんでした。

「それでも、お持ちの土地はもっと価値が上がる場所です。これからもアドバイスはしますので、どうかそのままにしてください。それがお子さんたちのためにもなりますから」

実際に駐車場の運営は順調そのもの。
しかし、月日が流れたある日、ご依頼人が亡くなったと、その方の長男が知らせてくれました。

「和田さん、父の遺産分割のご相談をお願いできませんか?これまで自分たちの利益ではなく、私たち家族のことを考えてくれている姿を見てきました。
一家の土地を守りつづけてくれた丸三だからこそ、安心して頼めます。ただ相続人が多いので、うまくまとまるかはわからないのですが……」

実は、ご依頼人の手元に土地を残し、駐車場として運営をつづけていたのには、大きな理由がありました。
それは、生前、お子さんたちに分け与えていた土地を負担なく相続してもらうためです。

「わかりました。ご自宅と駐車場の土地を売ることで、相続税をまかなえると思います。それで、お子さんたちには、負担なく土地を相続いただけるはずですよ」

そうしてはじまったのが、あの会議でした。
孫の世代が相続人になっている家庭もあったため、12名に対して遺産分割が必要になります。

結婚を機に手にした土地を活用している方や、そのまま自宅にしている方などさまざま。

さらに11人姉弟ともなれば、育ってきた時代も環境も異なります。
協議の内容は”どの土地を売るのか”を決めるというものでした。
なかなか話がまとまらない中、次男が口を開きます。

「長男は家業を継いでくれている。そのための土地は残してあげてほしい」

話し合いが進むにつれて、少しずつ自分のためではなく、姉弟家族のためにという意見へと変わりはじめたのです。
会長は、12名の意見を聞きながらも、生前から準備をしていたご依頼人の方の話をすることにしました。

「お父さまは、常々、お子さんたちのことを気にされていました。
ずっとご自宅と駐車場を手元に残してきたのは、ご自身が亡くなったときのためです。今の地価であれば、自宅と駐車場の売却で相続税をまかなうことができます」

家族としては思い出の実家を手放すことになりますが、父から分け与えられた土地はそのまま残すことができる。
最終的には、全員が納得し、会議は最終日を迎えることになりました。

相続人、総勢12名。
一人ひとりに相続の手続き書類に署名いただく必要があったため、長男から末っ子までが1列に並びます。
それはまさに、ご依頼人であるお父さまが最後に見たかったであろう、家族の光景のようにも感じました。

それからは、それぞれが相続した土地の管理や不動産に関するご相談を、ご子息の方からいただくこともあります。
その度に思うのは、時代に左右されず維持管理をしてきた土地が残したのは、ご家族の笑顔だったということ。
お父さまの家族を思う気持ちが、数十年の時を経て、かけがえのない価値を生み出すことのできた、大切なご縁です。